平和の主人 血統の主人

まさに、成約時代の毒麦となられたお母様

《 黙示録18章 3-10 節 》

3 地の王たち(幹部たち)は彼女(お母様)と姦淫を行い、地上の商人たち(教会長たち)は、彼女の(高額献金を得た)極度のぜいたくによって富を得た。

7 彼女(お母様)は心の中で『わたしは女王の位についている者であって、やもめではないのだから、悲しみを知らない』と言っている。

10  彼女(お母様)の苦しみに恐れをいだき、遠くに立って言うであろう、『ああ、わざわいだ、大いなる都、不落の都、バビロンは、わざわいだ。おまえ(お母様)に対するさばきは、一瞬にしてきた。

1958年の 今も生きているレポート『アメリカ共産化計画、まだ生きている45の目標/元FBIが1958年に書いた「裸の共産主義者」』

これはすごいレポートです。そのまま・・・日本にも当てはまります。

一読の価値あり!! 「重鎮・二階俊博に田原総一朗がホンネ直撃!」

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重鎮・二階俊博に田原総一朗がホンネ直撃!「勝手なことをするんじゃない!」 自民党が大揺れ!岸田首相軍拡路線に痛烈警告(サンデー毎日×週刊エコノミストOnline) - Yahoo!ニュース


第七章 (62)貧困と飢餓を賢く解決する方法  P.316  (世界平和を愛する世界人として  文鮮明自叙伝) 20


世界平和を愛する世界人として  文鮮明自叙伝
  第七章 韓国の未来、世界の未来 ――― 理想郷に向かって

第七章 韓国の未来、世界の未来 ――― 理想郷に向かって


(62)貧困と飢餓を賢く解決する方法  P.316


 空腹でなければ神様は分かりません。空腹の時間が神様の最も近くに行くことができる機会です。空腹の時、私の前を通り過ぎる人がいれば、もしかしたらあの人が私の母ではないか、私の姉ではないかという思いがするものです。誰でも私を助けてくれる人を待つのです。そのようなとき、善なる同情の心を持たなければなりません。


 空腹はアフリカのような開発途上の国々だけの問題ではありません。アメリカに行った時、私が最初にしたことは、貧しい人たちに食糧を分配するトラックを用意することでした。世界で最も暮らしが豊かな国であるアメリカにも飢えて死んでいく人がいるほどですから、貧困な国の事情は形容しがたいほど残酷です。


 全世界を巡回して感じる最も差し迫った危険は食糧問題です。食糧問題こそ一時も先延ばしできない問題です。今も私たちが生きている世界では、一日だけで四万人が飢えて死んでいっているのです。自分のことではない、自分の子供のことではないと知らないふりをしていてはいけません。


 単純に食べ物を分け与えるだけでは飢えを解決することはできません。より根本的な視角から接近しなければなりません。私は二つの根本的で具体的な方案を考えています。一つは、安い費用で食べ物を十分に供給することであり、もう一つは、貧困に打ち勝つ技術力を供与することです。


 食糧問題は、今後人類に非常に深刻な危機をもたらすでしょう。なぜならば、限りある陸地で生産されるものだけでは地球上の人類をすべて食べさせることはできないからです。ですから、海にその解決策を見いださなければなりません。海は未来の食糧問題を解決できる鍵(かぎ)です。私が数十年前から絶えず海を開拓してきた理由もここにあります。食糧問題を解決しなければ、理想的は平和世界を建設することはできません。


 アラスカでは、十五インチ以下のスケソウダラをすべて肥料にしています。素晴らしい食物ですが、それを食べることを知らないので、そのまま肥料にしてしまうのです。わずか二十年から三十年前には、西洋の人たちは、私たちが牛の尾をくれと言えばただでくれました。彼らは、韓民族が好んで食べる肉の骨や内臓を食べることを知らなかったのです。魚もそうです。世界で捕獲する魚の二十パーセント以上がそのまま捨てられます。私はそのようなことを見るたびに、アフリカで飢え死にする人たちが思い浮かび、胸が痛みます。魚は牛肉と比較にならないほど高たんぱく質です。そのようなものをかまぼこやソーセージとしてアフリカに持っていけば、どれほどよいでしょうか。


 思いがそこまで至ると、私は本格的に魚を貯蔵して加工する仕事を始めました。魚をいくらたくさん捕まえても、後処理を上手にできなければすべて無駄になります。いくら良い魚でも、新鮮な状態で八カ月以上はもちません。冷凍倉庫にきちんと凍らせておいても、氷の間から空気が入って肉から水気が抜けていきます。それで魚に水をかけて再び凍らせますが、すでに元の味を出すのは難しいので、事実上捨てた物と同じです。私たちは、この様に捨てられる魚を集めて粉にすることに成功しました。ドイツやフランスのような先進国でもできなかったことを私たちはやり遂げたのです。


 私たちはそれを魚の粉、「フィッシュ・パウダー(fish powder)」と呼びます。魚を粉にすれば、蒸し暑いアフリカでも簡単に保管し、運搬することができます。フィッシュ・パウダーは、九八パーセントがたんぱく質の塊である高たんぱくで、飢えて死ぬ人類を生かすことができます。フィッシュ・パウダーでパンも作ることができます。生きてぴんぴんしている魚が十分もしないうちに粉になって出てきます。このように新鮮なフィッシュ・パウダーは、ルワンダとクロアチア、アルバニア、アフガニスタン、スーダン、ソマリアなどに供給され、飢餓に直面している人々の空腹を満たしているのです。フィッシュ・パウダーを求める人たちが増えてきたので、これからもっと多くの場所に魚の加工工場を建てるつもりです。


 海の中には無尽蔵の食糧がありますが、人類の食糧問題から救う最も優れた鍵(かぎ)は「養殖」です。都市の高層ビルのように、これからは魚を養殖するビルができるでしょう。パイプを利用すれば、高いビルや山の上でも養殖をすることができます。養殖で全世界の人をすべて食べさせて余りある食糧が生産できるのです。


 海は神様が下さった福の塊です。私は海に出ていいけば、顔が真っ黒に焼けるほど魚釣りに熱中し、チョウザメも釣り、マカジキも釣りました。私が直接魚を釣る理由は、魚の釣り方を知らない人たちにその方法を教えるためです。魚を釣ることができなかった南米の人たちを連れて、川に沿って船に乗り、数カ月回りながら釣り方を教えてあげました。私が直接絡まった網を巻き上げ、三、四時間かけて、ほどく方法を見せながら教えました。


 安い費用で食べ物を十分に供給するためには、人類の最後の宝庫である海と、いまだに原始林のまま放置されている大森林を開発しなければなりません。ところが、それが言うほど簡単ではありません。体を動かすのが難しいほど蒸し暑く、じめじめした所に直接入っていき、身を投じて献身する苦労があって、初めて可能なのです。熱帯地方の大森林を開発するのは、人類を愛する情熱と献身なくしてはやり遂げることができません。


 ブラジルのマットロッソ・ド・スール州のジャルジンは、生活するにはとても不便な所です。天候が暑く、名前も知らない無知たちが容赦なく食いついてきます。私はそのような所で、鳥や蛇を友達にして暮らしました。靴を履くこともできませんでした。素足でジャルジンの赤い土を踏んで歩く私の姿は農民そのんものです。また、川で魚を釣り上げる私は漁師そのものです。「お、あの人は本当に農民だ!本当に漁師だ!」という声を聞いてこそ、原始林を開発することができます。きれいで安楽な寝床で八時間ずつ眠り、三食食べ、涼しい木陰で横になって休みながらできることではありません。


 パラグアイを開発した時のことです。フエルテ・オリンポに小さな家を探して、食口(シック)たち何人かで一緒に暮らしました。トイレが一つだけなので、朝はみんなで順番を決めなければなりません。そこでも私は、早朝の三時になれば必ず起きて、運動して釣りに出ました。そのため、一緒に過ごしていた食口が随分と苦労しました。早朝、ろくに目も開かないまま釣りの餌をつくることは日常茶飯事でした。その上、船に乗ろうとすれば、人の牧場をいくつか通らなければなりませんでした。真っ暗な所で牧場の締まった門を開けようとするので、すぐに開けることができず、それを見て私が雷のような大声を出しました。

「何をもたもたしているのだ!」

 自分で聞いてもびっくりするほど恐ろしい声をあげるのですから、食口たちは本当に大変だったでしょう。しかし、私は一分一秒を惜しむ人です。いい加減に過ごす時間は少しもありません。平和世界を成し遂げられる時まで、やらなければならないことが、レジからレシートが出てくるように目にありありと浮かぶので、とても気が急(せ)いていたのです。暗闇がまだ残っている早朝の川で釣りをしようとすれば、蚊が押し寄せてきます。科の針がどれほど強いのか、ジーンズの上からでも刺して容赦なく食いつきます。夜が明ける前なので、釣りの浮きが見えないときは、目印になるように釣り竿(ざお)に白いビニール袋を結んで投げなければならないほどでしたが、私は気が急いていて、日が昇るまで待てませんでした。


 ジャルジンは今も懐かしい所です。目を閉じれば、ジャルジンのかっかとする熱気が私の顔にくっついてくるように思い、ジャルジンのすべてのものが懐かしいのです。体が少し大変なのは何でもありません。体の経験する苦痛はすぐに消えます。重要なのは心の幸福です。ジャルジンは私を幸福にしてくれました。


第七章 (61)一輪のタンポポが黄金よりも貴い  P.311  (世界平和を愛する世界人として  文鮮明自叙伝) 20


世界平和を愛する世界人として  文鮮明自叙伝
  第七章 韓国の未来、世界の未来 ――― 理想郷に向かって

第七章 韓国の未来、世界の未来 ――― 理想郷に向かって


(61)一輪のタンポポが黄金よりも貴い  P.311


 現代社会の三大難問は、公害と環境保全、そして食糧です。三つのうちでどれか一つでもないがしろにすれば、人類は滅亡してしまいます。地球は、すでに壊滅的な状態に陥りつつあります。物質に対する際限のない貪欲(どんよく)が、自然を壊す深刻な公害を引き起こし、水と空気を汚染させ、人類を保護してくれるオゾン層まで破壊しました。このままいけば、人類は自分がつくった物質文明の罠(わな)にかかって自滅してしまうでしょう。


 私はブラジルのパンタナール地域を持続・保全するための活動を二十年近くやってきました。パンタナールは、ブラジルとボリビア、パラグアイにまたがる世界最大の湿地帯としてユネスコの世界自然遺産にも登録されました。私は、パンタナールの生物を神様がつくられた原型どおりに保全し、保護することを、世界的な環境運動として育(はぐく)んでいます。


 海と陸地、動物と植物が一つに重なり合って生息しているパンタナールは、本当に絶妙な所です。「美しい」「素晴らしい」という単純な言葉では決してその価値を表現することができません。空からパンタナールを見下ろして撮った写真集は、その美しさのために世界で最も多く販売された写真集の中の一つです。パンタナールは、ノドジロオマキザルとホエザル、コンゴウインコ、ジャガー、アナコンダ、カイマンのような珍しい動物が生息する人類の宝の庫(くら)です。


 パンタナールを中心にアマゾン川流域の生物は、創造当時の原型をそっくりそのまま保って暮らしています。パンタナールは万物創造の原点です。人間は、神様がつくられたものを沢山破壊しました。人間の貪欲(どんよく)さによって種が絶滅した動物や植物があまりにもたくさんあるのです。しかし、パンタナールには、今も神様がつくられた創造物の原型がそのまま残っています。私はパンタナールに鳥の博物館や昆虫の博物館を建て、絶滅した種と創造の原型を復元する仕事をしています。


 パンタナールは、たくさんの動植物の生息地であるだけでなく、地球に酸素を供給する役割もしています。パンタナールは世界で最も多い量の酸素を作り出す「地球の肺」であり、「自然のスポンジ」、そして「温室ガス貯蔵庫」です。しかし、このようなパンタナールがブラジルの急激な産業化によって、年を追うごとに壊されていっています。地球の主要な酸素供給源であるアマゾン地帯が破壊されれば、人類の未来は暗黒にほかなりません。


 また、日本の本州ほどの面積のパンタナールの湖には、数百種類の魚が生息しています。その中には、重さが二十キログラムを超える黄金に輝く「ドラド」という魚もいます。釣り竿(ざお)にドラドがかかれば、自分の体が川に引き込まれそうになります。全力で釣り竿を持ちあげると、黄金色の鱗(うろこ)を光らせながら空中に飛び上がってきます。そうやって何度か引き上げても、余力を残して、体をばたつかせます。魚ではなく、熊や虎(とら)のように力が強いのです。


 パンタナールの湖はいつもきれいです。水の中に何かを放り投げても、あっという間にきれいになります。いくら汚れたものでも、いつの間にかきれいにしてしまうのは、いろいろな魚が生息しているからです。魚はそれぞれが食べる物が違います。そのような魚がごった返して暮らしながら、水を汚すものまで全て食べて片付けてしまうのです。餌(えさ)を食べること自体が、水をきれいにする清掃作業でもあるのです。それがまさに私たち人間とは違う点です。魚が生きている目的は自分のために生きているのではありません。周辺をきれいにしながら、より暮らしやすい環境をつくってお互いのために生きています。


 パンタナールの湖のホテイアオイの表面を見ると、虫が真黒くへばり付いています。虫だけがいればホテイアオイは生きていけませんが、それを食べる魚がいるので、虫も生き、ホテイアオイも生き、魚も生きるのです。それがまさに自然です。全て自分のために生きるのではなく、お互いのために生きています。自然がこのように偉大だということを教えてくれています。


 いくらパンタナールに魚がたくさんいても、ひっきりなしに捕まえていれば魚は減ってしまいます。魚を保護しようとすれば養殖をしなければなりません。パンタナールの魚が貴重であればあるほど、よりたくさんの養殖場を造って魚を育てなければなりません。魚だけでなく、昆虫も育て、鳥も育て、動物も育てなければならないのです。昆虫を育てることは、世の中にもっと多くの鳥が生きていけるようにすることです。パンタナールは、こうしたすべてのものを育てることのできる場所なので、貴重性が増すのです。


 パンタナールには魚ばかりがたくさんいるのではありません。川辺にはパイナップルとバナナの木、マンゴーの木が立ち並んでいます。水のない畑に稲を植えれば、三毛作をして余りあるほど稲が良く育ちます。それほど土地が良いので、大豆やトウモロコシのようなものは、種さえ蒔(ま)いておけば、人の手を借りて育てなくても、どんどん実ります。広々とした草原には、ダチョウが大またで歩き回っています。ダチョウは、人が背中に乗っても大丈夫なくらい力があります。


 ある時、船に乗ってパラグアイ川に沿って下っていき、川辺の民家に立ち寄ったことがありました。そこに暮らす農民が、私たちが空腹だと気づいて、すぐに畑からサツマイモを掘ってきてくれたのですが、その大きさがスイカくらいあったのです。その上、一度掘り出してそのまま蔓(つる)を放っておけば、何年でもまたサツマイモが実るそうです。植えなくても、毎年サツマイモが実るというのですから、食べる物が不足している国に広めたいと強く思いました。


 湿地を開発しようとする人たちは、いろいろな経済的利益を主張しますが、実際にパンタナールは、湿地それ自体でも十分に経済的な価値が高いのです。パンタナールには黒い松の木(ケブラッチョ)が原始林を形成しているのですが、とても頑丈で細胞組織が緻密(ちみつ)なので、木に杭(くい)を打っても、百年以上生きるそうです。この木は「黒檀(こくたん)」と呼ばれる高級木材なのですが、腐りにくく、鉄よりも寿命が長いそうです。そのように貴重な松の木が一抱えほどの大きさに育ち、森を形成している景観を想像してみてください。私はパンタナールの四百ヘクタールの土地に木を植えました。私たちが植えた木々によってパンタナールがより一層美しくなり、そこで作られた豊富な酸素が私たちの人生を潤沢にするのです。


 自然を破壊するのは人間の利己心です。今、安心して息をすることもできないほど地球の環境が破壊されたのは、人よりも少しでも大きく、早く成功しようとする人間の貪欲(どんよく)さのためです。しかし、もうこれ以上、地球が破壊されるのを放っておくことはできません。自然を救うことに対して、宗教者がまず立ち上がらなければなりません。自然は神様の創造物であり、人類のために下さった贈り物です。自然の貴重さを悟らせ、創造当時の豊かで自由な状態に戻すことを後回しにすることはできないのです。


 パンタナールが自然の宝庫だという事実が広まるとともに、パンタナールをめぐる争いが始まっています。保護して育てなければならない所が、貪欲さに満ちた人間相互の争いの場へと変わる兆候を見せているのです。私は十年前から世界各国の指導者をパンタナールに呼び、「自然を保護し地球を守る法」に関して討論を行っています。世界の環境専門家と学者を集め、パンタナールに関心と愛を寄せてくれるようお願いしました。パンタナールがこれ以上、人間の無慈悲な欲心のために破壊されないように、番人となって守っているのです。


 環境問題が深刻になると、環境保護運動を行う団体が増えました。しかし、最も良い環境保護運動は愛を伝搬(でんぱん)する精神運動です。人間は、自分が愛する人のものであれば、何でも好んで大切にします。ところが、神様がつくられた自然を大切にして愛することができません。神様は人間のために自然をくださったのです。自然を利用して食べる物を得て、生活を潤沢にするのは、その方のみ意(こころ)です。自然は自分だけが使って捨てる使い捨ての物ではありません。自然は子々孫々に至るまで、私たちの子孫が継続して食べる物を得て、体を支えて生きていくべき土台です。


 自然を大切にして保護する近道は、自然を愛する心を持つことです。道を歩いて一株の草を見ても、涙を流すことができなければなりません。一本の木を抱えて泣くことができなければなりません。一つの岩、一瞬の風にも、神様の息遣いが隠れていることを知らなければならないのです。自然を大切にして愛することは、神様を愛することと同じです。神様がつくられたすべての存在を愛の対象として感じなければなりません。博物館にある一つの作品がいくら立派だとしても、生きている神様の作品には及びません。道端に咲く一輪のタンポポが新羅(しらぎ)の金よりも貴いのです。

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