平和の主人 血統の主人

まさに、成約時代の毒麦となられたお母様

《 黙示録18章 3-10 節 》

3 地の王たち(幹部たち)は彼女(お母様)と姦淫を行い、地上の商人たち(教会長たち)は、彼女の(高額献金を得た)極度のぜいたくによって富を得た。

7 彼女(お母様)は心の中で『わたしは女王の位についている者であって、やもめではないのだから、悲しみを知らない』と言っている。

10  彼女(お母様)の苦しみに恐れをいだき、遠くに立って言うであろう、『ああ、わざわいだ、大いなる都、不落の都、バビロンは、わざわいだ。おまえ(お母様)に対するさばきは、一瞬にしてきた。

◆「創立以前の内的教会史」 (3)

一言・・・・
「創立以前の内的教会史」、最後になります。


膨大なみ言、どれも重要ですから、全て読みこなす必要がありますが、そうは言っても限界を感じるのは私だけではないと思います。



ある理由から、私は信仰をかけて「平和の主人、血統の主人」を読もうと思い立ちました。お父様について、摂理について分からないことばかりで、パッチワーク的にみ言を読んでもスッキリと納得いくことがありませんでした。



しかし、平和の主人を解読しようと悩みの淵に落ちながらもどうにか見えてきた意味合いに、衝撃を受けて立ち止まることの連続でした。



本当にその意味合いが正しいのか、常に疑問を投げかけながら、その意味合いを証明する他のみ言を読んでいくうちに、実は平和の主人でだけで語られたのではなく、遥か以前に、既に語られていたことが見えてきて、更に驚くという繰り返しでした。



特に平和の主人を語られた時期の訓読会のみ言と、メシヤ宣言以降のみ言は平和の主人を解読する正当性を与えてくれるものでした。



そして、この「創立以前の内的教会史」もその一つです。

しかし、まだ3分の1しか解読していませんので、皆さんのお力もお借りしたいというのが私の本意です。

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第二のRe.ムーンとなることが願われている
  「創立以前の内的教会史」 (3/3)1977年5月1日 ニューヨーク ベルベディア  



◆原理と祝福


先生は今五十六歳ですから、十六歳で使命に出発してから既に四十年を経過しました。



その四十年間に先生は、あらゆる分野における路程を歩み尽くし、すべてを勝利的に完結して、その全路程を七年間で歩み得るものとして体系化しました。その四十年間というものは、思えばすべてが大いなる体験ばかりでありましたが、実に言うに言えないいばらの道の連続でもありました。
こうして体系化された七年路程のうち、最初の三年間というものは、実際のところあなた方が自分自身の必要を満たすための歩みであると言ってもよい期間です。神のためでも先生のため、教会のためでもなく、自分自身の祝福の資格を得るための期間ともいえるからです。


三年間、我を忘れて自分の祝福のことも忘れてひたすら歩んでいる時に、祝福が突如として来たというのが本当です。


 先生自身の小羊の婚宴においても、ある日突如として、啓示に次ぐ啓示を受け始め、「我が息子よ時が来た、祭壇を備え献祭をささげよ」と告げられたのです。お母様にしても、先生の夫人になろうとは夢にだに思えない立場で、目立たない一教会員だった時、突如として小羊の婚宴の一日前に祝福を霊知したのです。  その日突然、「一人の男とあす結婚するのだ」と告知されたのです。それが原理の道です。

ですから自分から意識的に、「私は祝福されるべきだ」とか、「自分は祝福に値する」という思考過程自体が、カイン的、サタン的思考法に近いといえます。
厳密に見れば、祝福を受けるに値する者は一人としていません。このままで死んで霊界に行っても、完全には神の国に入れず、中間霊界の中継所にとどまって、天国への入り口のロビーあたりで再教育を受けながら、天国へ入れてもらえる日を待つほかありません。


ですから不平を言うことなく原理の道を歩むことです。先生でも、もし「神よ、私にもっとたやすく歩める道をお与えください」などと不平を言ったとしたら、神は「お前は私の息子ではない」と直ちに他の人物を立てられたに違いありません。
 


◆大いなる特権


摂理歴史は人間堕落の所産であり、堕落のゆえにのみ摂理が必要となりました。これまで語ったことを通して、二十四年前の先生の心情をしのび、少しでも感じてほしいものです。当時それは、不可能に近いほど困難な道でした。また何と寂しい孤独な道だったことでしょうか。


 当時先生は、頻繁に取り調べを受けながら、苦難の道を歩んでいました。先生の未来に果たすべき天宙的使命を知る者もなく、一人先生自身のみ、人知れず自分が何者であり、未来に何を成し、どこに行かんとしているかを知っていましたから、ひとたび天の前になした誓いと決意を不変のものとしながらここまで歩み続けてきました。


多くの人々が、一度は先生を信じて従いながらも、結局自己中心的な人であった場合、この道を歩むことに疲れ果てて、耐えきれずにこの運動から去っていきました。


み旨のために自分なりの人生というものを完全に断念し、自らの命を捨てることのできた者のみ、最後まで先生について歩むことができるのです。



 先生が四十年間で歩んだ公式路程を七年間で歩むというのですから、その圧縮された七年間は急速に駆け足で過ぎ去ります。ですから一点の間違いもなく、絶対的基準で行くべきです。


そしてこの期間において、個人のためだけでなく、家庭、氏族、国家、世界のために、心の張り裂けるような痛みと涙に満ちた体験をたくさんもつべきです。

そのためには安易な道を願うのではなく、眠ることも忘れるほどみ旨に燃えた生活を送らなければなりません。



 最低の所から出発して、毎日、前日より自分自身の心霊基準がより高められたことをはっきり自覚し得るくらい、確実に具体的に成長し、上がっていくべきです。そういう実感は、自分自身が感じるだけでなく、瞬間瞬間にあなた方の成長を待っている霊界がそのように命じ、感ずるものでもあります。


今後、先生の教えがさらに綿密詳細になり、より分析、整理されて、直接的、字義的に表されてくる時、そこまで実体的に真理を知ることのできるあなた方は、何と大いなる時に、黄金のごとく貴重なる時に生きているあなた方でありましょうか。


可能な限りの最短の時間圏内に、かくも膨大なる七〇〇〇年分の路程を踏破した条件をもつことができ、神の歴史に偉大なる貢献をなす人物となり得る立場が保証されている時が、正に今なのです。



 今、私たちは、神の歴史の登場人物となり、創造者ともなって、神の歴史の最後の一章を書き下ろしてフィナーレを告げんとする、正に復帰歴史の頂点に生きているのです。そして生きている先生と共に働くことができるという偉大なる特権にあずかっているあなた方です。


七六年、先生と共にワシントン大会のための歴史的一戦に参加し、その勝利にあずかったことも、今後入ってくる人々が決して得ることのできない特権でした。それは歴史上に一度だけあり、二度とないのですから。
 



◆七年路程の終末的意義


七年路程に対しては、自分自身が具体的に歩んで勝利すべきものとして、骨の髄まで実感しながら、神の前に、「これから出発する七年路程において二度とアダムとエバのごとくなることなく、アダムとエバの完成する道までも歩んで、七年以内に必ず終了します」と神と対決するような真剣なる祈りをもって決意すべきです。


聖書にも、「七年間の艱難の時が来たらん」と書かれ、「その時には生き残る者は少ないであろう」とも預言されています。


この言葉は成約の時にも実に真ではないでしょうか。なぜなら、事実、真に神を知り神への献身を決意した者のみ、七年路程を勝利的に通過して生き残ることができるのですから。



 しかしあなたがかかる出発の決意をなして一つの方向を定めるや、まず環境からの反対や様々な障害、あらゆる苦難が一挙に襲いかかるような状況となり、サタンがあなたの行くべき道を破壊せんとしていることを知るでしょう。


そして自分の一番大切にしているものが次々と、何も残るものがないくらいことごとく奪い去られ、一切の事情環境が正に最低の所まで追い詰められていくものです。

神はあなた方を最低の所まで陥れることにより、僕の基準までいったん下らせるために、サタンを用いるからです。そこでその最低の事情環境を消化し主管していくことができなければ、そこを通過できないことになります。




◆死なんとする者は生き


では、その最低の僕の立場から出発したとして、どうしたら養子や息子の立場に引き上げられ得るでしょうか。そのためには、僕のために自らの命を捧げて犠牲になることです。



そうすることが結局は最も早道です。肉体をもった人生というものは、ふと一瞬たってはたちまちかき消えてしまう朝もやのごとく、束の間のはかないものなのですから、喜んで犠牲になろうではありませんか。



 先生が歴史のすべての秘密を発見して、歴史というものを改めて見てみた時にも、「死なんとする者は生き、生きんとするものは死なん」と言われたイエス様のみ言を、己の骨髄にまで染みて痛感しました。


一度ならず何度も何度も、自分の命を失うことが、勝利への唯一の道なのです。僕から父母に至るすべての段階において自分の命を捨てきって歩むことです。

七年間ただ命を断念して、勝利的にこの路程を越えていった時、突如としてあなたの前に宇宙は一変して、宇宙の全生命が自分を守っていることを感知することができるでしょう。



 ワシントン大会の時にも、その大使命を成就するために先生は、いつでも死ぬ覚悟がありましたし、無条件に全面的に命を投げ出し、完全に死にきってもいました。


それほど、のるかそるかの絶対的に追い詰められた境地に立たなければ、イエス様、先生、そして神の事情を到底理解することはできません。一つの絶体絶命の限界状況に直面してみて初めて私たちは、自分がいかに哀れな足りない者であるか、自分というものが何者であるか、はっきりと知ることができます。



 そのくらい真剣に歩むことによって日々自らを再発見しながら、一日一日を新しき日として、先生の基準を目指して日々発展していくというような私たちの日常生活であるべきです。


外に吹きすさぶ嵐を乗り越える最善の秘訣も、自分自身を乞食をもうらやむような最低の位置におくことです。


良い食事や十分な睡眠、快適な生活等はかえって重荷になるだけです。


自分を僕をもうらやむような僕の僕の位置においてみて初めて己を知ることができ、知れば飛躍することができます。


先生も三十五歳までは僕の僕たることに徹して、自分の服を買ったこともないし、整髪料等をつけたこともほとんどないくらいです。その上いつも四十五度以上は顔を上げずに下を向いて歩いていたほど、罪人の立場に自らをおいていました。一人の罪人になりきっていたのです。


 また、自然が罪なき真の人間によって見られたいと願っていることを知りながらも、自らの摂理的使命を成し遂げるまでは、清き自然を見る資格も権利もないことを感じては、大自然の前から身を隠したくなるのでした。罪人となって歩む自分自身が、真に罪深き者として感じられるほど、そうなりきっていたからです。
 


◆聖人の道


この世界のすべてを知り、そのすべてを超え得た先生の心は、もはや何ものによっても動かされることはありません。巖のごとく固く立った先生です。自らの指を切って血で誓約を書き、先生の前に忠誠を示さんとした多くの女性たちもいました。
宗教的試練を乗り越えるということは実にたやすい業ではありません。周囲に押し寄せてくるすべての誘惑を乗り越えて、基台を築いてきた創立に至るまでの苦難には、実に計り知れないものがあります。そして先生がすべての十字架を越えて勝利したその結実に、今あずかっている自分たちであり、神と先生の前に一言も言えないあなた方であることを知るなら、常に自らを謙虚な感謝に満ちた立場におくべきです。


それは、あらゆる摂理的勝利を成した今もなお、先生が神の前にもち続けている姿勢でもあります。


 この七年路程が、かかる苦難の結果としての恵みであることを知ったのですから、この期間をあらゆる体験をなす絶好の機会と思って、呪われ、嘲けられ、飢え、打たれ、迫害されるすべての体験を貴重なるものとしながら、「そういう体験があったからこそ、私は神と先生とイエス様の心情を知ることができました」というような歩みをなしたいものです。



 先生のこの小さな手は、実に膨大なることを成し遂げてきた手です。そして、このような人知れぬ霊的開拓の道の上に、創立に至る教会の基盤が築かれてきたのですが、それは真にたやすい業ではなかったのです。あなた方もみ旨のための活動中に、人々から殴られたり、蹴られたり、顔に唾されたりしたことがあるかもしれませんが、そういう時こそこう考えるのです。“ああこれが、歴史上のすべての義人、聖人、神の人が歩んできた道だったのだ”と。
 


◆神様は泣いておられる


しかし外にいる人々に唾をかけられたり、打たれたりしても、そういうことが苦しいことではありません。かつて共に食口として歩んだ人が、神を裏切って去っていく時、それ以上悲痛なることがあるでしょうか。



そういう痛みまで体験して初めて、イエス様が外的な敵、すなわち具体的に十字架に釘づけた人々による外的迫害、裏切りだけでなく、ユダによる裏切りのごとく、最も痛い内部からの内的迫害を受けた方であることと、その痛みというものを少しでも理解することができるでしょう。

 
先生は共産陣営のみならず、自由主義の韓国においてさえ、刑務所生活を体験しました。西大門刑務所に行ったその日のことは、永遠に忘れることができないでしょう。その日、刑務所に引かれていく時、一人の教会から去ったかつての食口が先生に駆け寄ってきて、侮蔑に満ちた嘲笑を浮かべながら言ったのです。「あんたはまだそんな馬鹿なことをやっているのかい、俺のように早く卒業することだな」と……。先生は永遠にその男のことを忘れることはできません。一言も語らず黙然として彼の前を引かれていきましたが、心の中で神に向かって叫びました。「神よ、今こそあなたの義と、私のあなたに対する従順を証させ給え」と。



 このようなことを一度ならず幾度となく味わってきたのですから、目を閉じて祈り始めると、いつも涙を止めることができずに痛哭する先生です。神のそういう悲しい内情がよく分かるからです。
そして同じ事情を味わい、その心情を知ればこそ、そういう神の心情を誰よりも慰めることができるのです。親はもちろんのこと、妻も子供も分かってはくれない、一人として理解する者もない、そういう時こそ、孤独なる神の友となることができるのです。



 一人の男がこんなにも弱くなり得るものか、と思ったこともありました。ある意味では同じ弱き一人の人間に変わりないのです。しかし自分をそんなにも頼りにしている神であることを知っていますから、そういう神の心情を思うと、いても立ってもいられなくなり神の願いを果たして神を慰めたいという思いにかられます。



 「神よ、全能なるあなたは、その望むところの何事も成すことがおできになりますのに、御自分の子なるアダムとエバの罪のゆえに、御自身をそのような苦悩の中に陥れられました。苦しむべきいわれもないあなたが、かくも寄る辺なき身となられて、真に頼ることのできる子女を、そんなにも長い間ひたすら待ち続け、探し求めてこられました。私にはそういうあなたのお心がよく分かります」。


 誰でも、先生の内面の世界をかいま見ることでもできたならば、ただ“わっ”と痛哭せずにおれないでしょう。特に、常に神に祈り、霊界を見たり啓示を受けたりしている霊通者たちは、みなこういうことを言ってきます。「文先生について祈る時は、いつも決まって神様からの答えは“涙”です」と。先生のことを祈ると神様は泣かれるというのです。寂しい一人の人、文先生を見つめる時、人知れずすすり泣いておられる神様なのです。



◆涙の基台


堕落による歴史の糸のもつれは、それを解いて再創造することなどとてもできそうには思えないほど複雑なものとなり、神でさえどこから手をつけて摂理するか戸惑うだろうと思えるほどです。
しかし今、一人の孤独なる人が、歴史の背後にある秘密のすべてを見いだし、それを公式化し、体系化したのみならず、その原理を自ら生活しながらここまで運動を発展させてきたのですから、神としても注目せざるを得ないはずです。



 ここまで来る道において、先生はいくら泣いても泣いても止めることができずに、いく日もいく日も泣き暮らしたことがありました。ある時はあまり泣いたので、目が熟しすぎのカボチャの中身のようにグチャグチャになってしまい、太陽の光も眼に染みて見ることができなくて、目をつぶって過ごしたことがありました。


涙によって開拓されたこの教会の基台です。あなた方は何も知りません。第一先生は語らなかったのですから。なぜなら自分自身の歩んだかかる苦闘の四十年路程は、二度と誰にも味わってもらいたくありませんし、息子や娘たちにはできるだけ易しい道を残してあげたいのが、親としての先生の気持ちです。知ればあなた方もそういう道を行かなければならないのですから。



 誰でも深い祈りや霊的な体験を通して、先生の語られざる体験の一部分でも霊的に知り得るならば、先生の通ってきた身もだえするような苦難の道を、一瞬でもかいま見ることができることでしょう。

今あなた方は、この地上で受けるのが当然であるかのように祝福を受けていますが、それは今の時の時代的恵沢として、霊界における何千年、何万年分の内容を最短の期間で体験し得るからにほかなりません。



 先生はモーセという人の立場にはいつも同情を禁じ得ないのですが、モーセが四十日四十夜の断食祈祷の末に十戒を受けて、自分の民のところに下りてきた時、彼らは何と金の小牛を造って偶像としてこれを拝し、その周りで騒ぎ戯れていたというのです。「よくもそんなことが……どうしてそんなにも神を裏切ることができるのか……」とそのあまりの心情的蹂躙に対して、憤激のあまりに石板を地にたたきつけて壊してしまったモーセでした。

そういうモーセに対して先生が同情せずにいられないのは、それと全く同じような事情と心情を幾度となく味わってきたからです。山に行ったモーセは、民のために神の真理を勝ち得んとして、どんなに苦労したことでしょうか。



 先生も生来、非常に強烈な火のごとき気性をもっていますから、そのような信じられないような裏切りを受けたりすると、そのあり得べからざる背信に対して、直ちに心情的に切って捨てて、顔を背けたくなってしまいます。それは先生にとって最も厳しい修練の一つでした。



 先生は一つの固い信条をもっています。それは、「天宙主管の前に自己を主管せよ」ということであり、これは先生が自らの弱さを克服し、激情を制しようとした結果得た信念です。
 


◆心情の相続者


「真の息子、娘となりたければ、両親の精神を受け継がなければならない」とすれば、あなた方は先生の伝統と理念を受け継がなければならないわけです。そして真にそれを受け継いだ人であれば、伝道等の聖業に出かけていく時も、我知らず涙が流れてくるようになるものです。み旨の前に立つと、神の逼迫した悲劇的な内情が胸に迫ってくるようになるからです。そしてそういう人となり、そういう道を歩む時、その人やその教会は、必ずや神によって栄えていくに違いありません。いわれのない迫害を受ける時にも、呪うのではなく、逆に神に彼らの祝福を祈り求めるのです。そうすることによって、神の心情をより近く感じ、差し迫った神の事情をより切実に感ずることができるでしょう。そしてあなた方のなした行為のすべてが、それによって聖なるものとされるのです。



 あなた方は、見知らぬ人に出会ったのに神か主に出会ったかのように、訳もなくその人を抱き締めて泣き出したことがあるでしょうか。先生の人生において、そういうことが何度も何度もありました。


神の悲しい心情、親としての苦しみを味わい知らされた時には、木を抱き締めていつまでもいつまでも泣き続けたことが、幾度となくありました。そういう体験こそは、祈りよりはるかに貴いものなのです。


そして自分がより惨めな立場にあるのを感ずる時こそ、神をより近く感じ得る瞬間ではないでしょうか。
 先生は、伝道や前線の活動において体験する様々な人間関係を通してあなた方を訓練し、ある基準以上の人格を形成させんとしていますが、そうして先生が歩んできた人生のパターンを歩んで、先生のような人間となってもらいたいのです。


◆神を知る者の道


先生が生来の実力を伸ばして世俗的な分野に応用していったなら、偉大な実業家にでも、大政治家にでもなれるし、様々な分野で大いなる名声と尊敬を勝ち得る人物になれるでしょう。


しかしそれだけの能力や実力をもっていながら、そういう方向には行かなかった先生です。そして、生涯において、先生より多く涙を流した者がいるでしょうか。苦難の道は避けられないものではなかったのですが、神のために、無条件に、涙の道を選びました。


人々から尊敬と讃美を受けつつ歓迎される道もありました。しかし先生は、神御自身がそういう立場におられないことをよく知っていたのです。



 では、先生は初めから何の個人的願望も、青年のもつ青空のごとき夢も希望も、もっていなかったかというと、そうではなく当然、大志を、夢を抱きながら、それらをすべて自ら捨てて、いつの日かこういうふうに、という希望の扉のすべてを、自らの手で閉じて、人生の最も悲惨なる道を選んだのです。


ただ悲しい神の友になりたかったからです。あなた方もまた、ある意味では同様に苦難を負って歩んでいるわけですが、それは過去において先生が既に通過してきた道を引き継いでいるだけです。そして私たちがこのように自ら進んで苦難を引き継ぎ、それを負っていくのは、ただただ神を知ったがゆえであります。


 私たちを非難し迫害する人々が言うごとく、私たちに何か間違っていること、罪深いことがあるとしたら、私たちには一つの罪があるといえるでしょう。それを罪と呼び得るなら、私たちが「神を知っている」という罪です。ただ神を知るがゆえに、私たちは迫害する者たちの非難の的となっているこれらのことのすべてを、なすべき使命として引き受けたのですから。



 しかし過去において私たちが何か悪なることを世界にもたらしたでしょうか。神を知ることがいかにして罪となり得るのでしょうか。神を知らないことのゆえにこそ、かくも混乱していく世界であり、教会は崩壊し、共産主義はますますその勢力を伸ばしているのではないのでしょうか。神を知る者の道がいかに悲惨であろうと、神を知ることこそは我らの幸いであり、特権です。
 


◆真の後継者


賢い者はひとたび歩み始めた道を全うします。中途で終わる者にはいかなる勝利もなく、勝利は耐え忍んで最後まで全行程を走り抜く者の上にのみあります。先生も神の道を行きながら、常に第一の道のみを行こうとしてきました。み言に関しても、自分に従ってくるものたちのためにも、何度も何度もあり得る限りの慎重さをもって、正しいかどうかを吟味せんとしました。



 実験室の研究者が、何か新しい発見をせんとする時に、その理論が本当に正しいかどうか絶対的に確実にしようとして、何度も何度もテストを重ねた末、それから世界に発表しようとするように、先生もすべてを絶対的に確実にするためには、自らの歩む全路程を通して、徹底的に実験し試験し尽くしました。


それを通してこの世界のすべての真理を解明せんとしたのです。あなた方も既に神への誓約書に署名した兵士として、中途半端な道を行くことなく、最後までひたすら前進してほしいものです。そして「私は先生以上に行きたい、先生と競争して打ち負かしたい」とそういう人物の現れることを先生は待っています。



 先生は何度も思ったことがあります。「私はまだ死ぬことができない」と。残念ながら自分が第一線をあとにする時、使命を託すべき後継者がまだいないということです。


「この者に、自分の使命を残して行くことができる、死ぬことができる」という確信を先生に与えてくれる者はまだ一人もいないのです。


「誰が、私が神を愛したほどに神を愛してくれるだろうか、私が死んだのちに誰が私の神を見てくれるだろうか。親孝行してくれるだろうか」とそれだけが心配なのです。


誰か「私が神様を見ますから、先生は後ろに立って見ていてください」と言う人がいるとすれば、その人こそは歴史においても私たちの教会においても主流的人物となり、永遠に滅びることなく、その子孫はアブラハムの子孫のごとく栄えることでしょう。



 先生は今、韓国式に数えて五十八歳ですから、七十歳までにあと十二年あります。そして二十二年たてば八十歳になることを考えると、自分が全面的に働くことができるのはあと十五年だと見ています。この十五年間に誰か後継者を見いださなければならないということです。


長男の孝進さんとも真剣にそのことについて話し合ったことがあります。「お前は先生の息子として、自分がどんな道を歩み、どんな備えをなしておくべきか分かっているだろうね」と。その瞬間、いつも元気いっぱいな熱血家で行動的な孝進さんも、さすがに真剣そのものになりました。



 このような破滅へと運命づけられているかのような世界をあとに残すのでなく、何としても復活していく世界を残したいと願っている先生ですから、生きているうちにこの運動の基盤を完成していくために、自分の生涯においてありとあらゆる苦難、頭の痛いこと、苦々しいこと、嵐のごとき非難、迫害等良くないことのすべてを一身に受けることを決意して、「どうか我にすべての重荷を負わしめ給え」と祈っている先生です。



 そうすれば、あなた方の時代、あなた方を中心とした時代が来る時には、もはやそれらを過去のものとして、この運動は興隆していくことでしょう。あなた方も迫害の中にあって、「これ以上迫害されるのなら去ったほうがましだ」と考えるか、それとも「迫害が大きければ大きいほど、より大きな責任や使命をもつことであるし、より大きな挑戦をしてより大きな実績を上げ得るということだ、よし私が全部引き受けて処理しよう」と考えるか、いずれか二つの立場があります。



 先生が二十四年前に統一教会を創立したように、あなた方も自分の任地であなた自身の運動を創始したのです。それぞれの地で新しい教会を創立し、その地のレバレンド・ムーンになろうではありませんか。


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