平和の主人 血統の主人

まさに、成約時代の毒麦となられたお母様

《 黙示録18章 3-10 節 》

3 地の王たち(幹部たち)は彼女(お母様)と姦淫を行い、地上の商人たち(教会長たち)は、彼女の(高額献金を得た)極度のぜいたくによって富を得た。

7 彼女(お母様)は心の中で『わたしは女王の位についている者であって、やもめではないのだから、悲しみを知らない』と言っている。

10  彼女(お母様)の苦しみに恐れをいだき、遠くに立って言うであろう、『ああ、わざわいだ、大いなる都、不落の都、バビロンは、わざわいだ。おまえ(お母様)に対するさばきは、一瞬にしてきた。

◆◆◆導入⑬《 検証6 》 『☆「1956年」に起こったことが、56年後の、★「2012年」の〈聖和の表示路程となってたことについて、み言から検証します。

「1956年」の出来事が表示路程となって「2012年」の出来事に展開された。
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☆「1956年」
   お父様と統一教会を完全に抹殺しようと、国家的な反対が起こった。
   

   ↓
  
56年後
   ↓

★「2012年」
   お父様が聖和される表示路程となっていた
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 『☆「1956年」の〈お父様と統一教会を完全に抹殺しようと、国家的な反対が起こった。〉』ことが、『★「2012年」の〈お父様が聖和される表示路程となってた〉』ということについて、み言から検証します。


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サタンが侵入したキリスト教はお父様を殺そうとする
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 〔A〕・・・お父様が1955年10月4日、無罪で解放されたにもかかわらず、翌年の1956年からキリスト教、マスコミ、政府、第一夫人が一体となって、お父様と統一教会を抹殺する目的で大迫害が始まりました。

〔A〕

真の御父母様の生涯路程 3

 第三節 西大門刑務所の受難


それで1955年度に事件が起きたのです。7月4日に監獄に入っていったのです。彼らは一つになって「レパレンド・ムーンを捕まえて殺せ」と言ったのです。

 その時の罪名が何でしょうか。「共産党だ、何だ」と言いながら、この世の悪いことをすべて、私に負わせたのです。過去の歴史の過ちも、すべてレバレンド・ムーンになすりつけたのです。悪い名前であれば、すべて出したのです。」


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み言・・・〔B〕〔C〕〔D〕
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 以下の三つのみ言葉からも分かるように、「1956年」という年は、キリスト教と韓国国家が統一教会を受け入れていれば、統一教会がたちどころに世界基準に連結されて、『父母を中心として世界的な祝福ができる世界時代』に入る条件をもっていました。
 しかし、お父様と統一教会の無罪が立証されて釈放されたにもかかわらず、一層、キリスト教とマスコミと韓国と第一夫人が一体となって迫害を強化してくることにより、キリスト教の世界的祝福の時代を失ってしまいました。この年をお父様は「1956年」だったと、次のみ言、〔B〕〔C〕〔D〕のように語られています。

〔B〕

真の御父母様の生涯路程 3

 第五節 全国伝道および海外宣教師派遣  1957・7~1960・4

  聖婚直前の3年期間


 個人的十字架の峠を、国家が反対する次元で再び越えなければならないのです。そのために、皆さんが知っているように、1956年以後に国家的な反対事件が起きたのです。全体が反対したのです。誰一人同情する人がいませんでした。」

・・・・

皆さんは知りませんが、1959年後半から1960年4月までの約7ヵ月間が、最高の受難期でした。その期間において、統一教会を出て行った人たちが、イエス様に十二弟子が反対したのと同じように、結束して反対してきたのです。それを原理的に見れば、本当に恐ろしいほどぴったり合っているのです。



〔C〕

『天聖経』

「祝福家庭」

  第三章 祝福家庭の摂理的意義

   十 36万家庭


「今まで多くの祝福をしてきて、1992年には3万双の祝福が行われたのです。なぜ3万双でしょうか。これは国際的です。1956年に、父母を中心として世界的な祝福ができる世界時代を失ったのですが、1992年、(※)40年ぶりに世界的祝福時代に入ったので3万双の祝福が行われたのです。これは世界的な時代の蘇生です。その3年後の昨年には36万双でした。」


(※)1945年+7年=1952年、 1952年+40年=1992年


〔D〕

『天聖経』

「真の神様の祖国光復」

  第三章 統班撃破運動をなぜしなければならないのか

   三 南北統一方案も統班撃破運動


今度の7月には、統一教会のメンバーはみな40日間伝道しなければりません。(※)1956年から伝統的に、永遠に開拓精神を受け継ぐ為の修練期間として、設定しておいた期間です。最近、毎年これをやっていますか。


(※)1956年という年は、再びキリスト教にサタンが侵入したことを決定づける年となりました。お父様はこれを再蕩減して復帰する目的で、統一教会の全メンバーに対して、「7日断食」と「40日間開拓伝道」を敢行しました。



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「1956年」はキリスト教の二度目の不信が表示路程となって「2012年」に顕れるようになり、摂理がこれ以上延長できないという理由から、お父様の聖和に繋がるようになった
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 「1956年」にキリスト教とマスコミと政府と第一夫人が一体となってお父様と統一教会を抹殺しようとしたように、「2012年」はお母様を中心とした韓国と日本の幹部たちからなる統一教会が中心となってお父様をぼけ老人として扱って不信し、更には、情報が悉く隠蔽密室化することによって、その結果、お父様を聖和に至らしめたことは自明の理です。


 「2012年」の不信は「天地人真の父母定着実体み言宣布天宙大会」のみ言からも分かるように取り返しのつかない不信にあった為、サタンはお父様の肉体を奪う条件を持ったことになりました。訓読会では、お父様は何度となくご自身が聖和されることを語られていましたが、最終的にお父様は避けることができなくなって、聖和の道を自ら歩まれることになりました。


 今なお、この真実から家庭連合の信徒たちは遠ざけられていますが、この真実に蓋をしてでも通り過ぎようとしている家庭連合は、年を追うごとに異質化を強め、遠くない日に、神様が遠ざかったことを知る日が必ず来るだろうと思います。



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「1956年」の大迫害の要因は「1955年」の第一夫人の不信にあったように、
   56年後の「2012年」のお父様の聖和の要因は最終期限であった「2011年」のお母様の不信にありました。
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 この件についての検証は後日に改めて行いますが、簡単に紹介します。


「 1955年」に第一夫人がお父様からの説得にも従わず、お父様に不信して摂理から完全に離脱した。そして、聖進様を手放しました。


→  同じようなことが+56後の「 2011年」に起こります。


 現在のお母様が度重なるお父様の説得にもかかわらず、「天地人真の父母定着実体み言宣布天宙大会」の宣布に不信することによって摂理から完全に離脱し、更に、長子である顕進様を追放してしまいました。


真の御父母様の生涯路程 3

  第四節 青坡洞本部教会を中心とした内的基盤  1955.10~1957.6

   二 家庭的試練と苦難

    聖進様の母親の激しい反対


 「聖進の母親が反対しなかったならば、絶対的に夫のみを信じていたならば、知らない内にみ旨は全部成し遂げられていくのです。統一教会がなぜ、全世界的に反対を受けたのですか。監獄になぜ、行かなければならなかったのですか。


 (※)聖進の母親が反対することによって、準備していたすべての団体が犠牲を被ったのです。腹中教もそうなり、既成教会もみんなそうなってしまったのです。ゆえに、民主世界がすべて引っ掛かって行ったのです。



(※)第一夫人の不信により、天が準備した世界的な民主世界すべてを失ったのです。

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