とても憂鬱な毎日 統一教会がどうして70年間、叩かれ続けているのか? (御言葉)統一教会の行く末は暗闇!!
🔶文師と統一教会 迫害の70年
その多くがスケープゴートだった
興南刑務所収監
霊感商法
アメリカ・ダンベリー刑務所収監
先祖解放と高額献金
宗教二世問題
🔶とても憂鬱な毎日
いま、旧統一教会が叩かれに叩かれている。叩く者は正義感をもって叩いている。叩かれている側は毎日が憂鬱だ。
どうしてこんなふうになってしまったのか。その答えは叩く側の論理では全てが見えない。叩かれる側からもその答えを探らなければならない。
統一教会がどうして70年間、叩かれ続けているのか?
自業自得だとして家庭連合を憎んでいる立場のリタイヤ組はもちろん、顕進様や亨進様の所の方たちでさえ、家庭連合が滅びの運命にある思っている、或いは、思いたいに違いない。
その理由・・・、一つは子女様を切り捨てたことと、もう一つは独生女宣言にある。
統一教会創設の目的を知らなければならない
しかし、それだけではない。
統一教会が叩かれ続けている理由を知ろうとするなlら、1954年に統一教会が創設された目的を知らなければならない。
創設当時から、韓国、日本、アメリカ、世界、共産主義者たちから、70年間も「死んでしまえ、滅んでしまえ」と言われ続けたのですから。あくまでも、統一教会を創設した目的を知らなければ70年間の迫害の意味は分からない。いまもその継続的迫害なのだから。
1972年に文師が日本統一教会で語られた御言葉
下記の御言葉
東京教会で、当時、20代、30代の青年たちに対して、統一教会が「希望」ではなく、叩かれて「だんだん暗闇になってくる」と、悲惨極まりない姿になることを語られていた。
(※)に「(統一教会は・・・)常に行けば行くほど希望が我々に迎えられるように思うんだけど、希望はありません。だんだん暗闇になってくる。」と、迫害を受ける必然性が語られている。
お断り
決して、叩かれていることを正当化しようとしているのではありません。統一教会の内的不信問題ゆえに、それが原因となって(内的粛清と外的粛清で)叩かれているのです。
🔶統一教会の行く末は暗闇!!
御旨と世界(書籍)
真の父母と我々 1972年5月7日 東京 東京教会
だから我々が日本の国に定着するのが我々日本にいる統一教会の使命じゃありません。また日本人の使命じゃない。それはどうでもいい。世界の中心になればいい。みんなそう思うよ。
しかしそう思ったってそうなりません。絶対なりません。(※)常に行けば行くほど希望が我々に迎えられるように思うんだけど、希望はありません。だんだん暗闇になってくる。そうなってくる。
だから最後まで行って見て、ああしまった、回れ右しなければならないというように、今まで人間がやったそういうような方式は捨てて、新しい方式でなければ、回れ右して行く道を見いだすことはできません。神はその場になって世界が回れ右するそういう段階になるまでは神様は摂理の準備をなさいまして、個人復帰完成、氏族復帰完成、国家復帰完成を成して、この行く道を知らないものだと、こう行かなければならないような状態をつくろうとしているのが、今統一教会を立たせてやる仕事なんですよ。
どうせ民主主義社会でもって世界は救われない。共産主義でも世界は救われない。しかし、仕方ないから行くだけ行ってみたらめちゃくちゃになっている。行けば行くほどめちゃくちゃになっている。だから仕方なしにこれじゃ行けない。一番最高の者も、最下の者も帰らなければならない。ここから新しい方向を見いださなければならない。こういう世界でうごめくそういう段階まで行くようにして、その背後においては彼らが知らないうちに、個人復帰、家庭復帰、氏族復帰、民族復帰、国家基準まで立たせて、これは世界に通じる道に、はしごをかけるようにしてこの道でなければならないという場合には、一遍に世界はこの道にたどりつく時には問題になるんだよ。その時は、一番の先祖より一番恐ろしい困難な時代が来るよ。なぜ困難かというと、先を争って行きたいという。その時には圧死事件とかそういう事件が起こるかもしれない。統一教会には、その時には誰も入れない。窓を狭くするんだ。そういう時が来ますよ。