平和の主人 血統の主人

まさに、成約時代の毒麦となられたお母様

《 黙示録18章 3-10 節 》

3 地の王たち(幹部たち)は彼女(お母様)と姦淫を行い、地上の商人たち(教会長たち)は、彼女の(高額献金を得た)極度のぜいたくによって富を得た。

7 彼女(お母様)は心の中で『わたしは女王の位についている者であって、やもめではないのだから、悲しみを知らない』と言っている。

10  彼女(お母様)の苦しみに恐れをいだき、遠くに立って言うであろう、『ああ、わざわいだ、大いなる都、不落の都、バビロンは、わざわいだ。おまえ(お母様)に対するさばきは、一瞬にしてきた。

第四章 (30)大事に稼いで大事に使う  P.159  (世界平和を愛する世界人として  文鮮明自叙伝)


世界平和を愛する世界人として  文鮮明自叙伝
  第四章 私たちの舞台が世界である理由・・・アメリカへ雄飛


(30)大事に稼いで大事に使う  P.159


 商売をして集めたお金は神聖なお金です。しかし、商売で得たお金を神聖なものにするには、それに携わる者が嘘をつかず、暴利をむさぼらないという条件が必要です。商売をする時は、常に正直でなければならず、三割以上の利益を取ってはなりません。そうやって大事に稼いだお金は、当然貴い目的のために使うべきです。目標が明確で、志のあることのために使わなければならないのです。私は生涯、そのような心がけで事業を展開してきました。事業の動機は、単純にお金を稼ぐことではなく、神様の仕事である宣教活動を支えるところにありました。


 事業を通して宣教資金を得ようとした理由の一つは、信徒たちに負担を強いて宣教活動費を充当したくなかったからです。いくら神のみ旨のためだからといって、海外に宣教を派遣することは、思いだけで何とかなるようなことではありません。宣教費用が必要でした。そして、その費用は、当然自分たちの手で稼いだお金でなければなりませんでした。堂々と商売をして稼いだお金を宣教費用に投じてこそ、何の活動をしても胸を張っていることができるのです。


 何かお金になることはないかと悩んでいたとき、切手が目に入ってきました。当時、私は信徒にひと月に少なくとも三回は互いに手紙を出すように勧めていました。手紙を出すには四十圜(ファン)の切手を貼る必要がありますが、一枚の切手を貼らずに、一圜(ファン)切手を四十枚集めて貼るようにしました。そうやってひと月に三回送った手紙に付いている切手を剥がして売ると、最初の年だけで百万圜(ファン)くらい儲けることができました。何でもない古切手が大きなお金になることを経験した信徒たちは、それを七年間も続けました。また、名勝地や俳優の白黒写真に色を塗ったプロマイド写真の販売も、少なからず教会運営の助けとなりました。


 しかし、教会が大きくなってくると、切手収集や写真販売だけでは十分な宣教費用を捻出することが難しくなりました。世界各地に宣教師を送ろうとすれば、もっと大きな規模の事業が必要です。私は、日本人が使い捨てていった旋盤機械を、一九六二年の貨幣改革前に七十二万圜(ファン)を投じて購入しました。貨幣改革後の価値では七万二千ウォンになります。それを教会として使っていた家屋の奥まった練炭倉庫に入れて、会社を起こし、「統一産業」と命名しました。


「皆さんの目には、この旋盤機械が価値のないものと見えるかもしれません。やっとのことで一台の古びた機械を入れて、一体何の事業を起こすのかと思うでしょう。しかし、皆さんの前に置かれたこの機械が、遠からず七千台、いや七万台の旋盤機械になって、大韓民国の軍事産業から自動車産業まで相次いで発展するのです。きょう入ったこの機械は、間違いなく我が国の自動車産業を引っ張っていく礎石になるでしょう。ですから、信じてください。必ずそうなるという確信を持ってください。」


私は練炭倉庫の前に信徒を集めて堂々と語りました。たとえみすぼらしい出発だとしても、目標は高く、遠大でした。彼らは私の意思に従い、献身的に仕事に取り組んでくれました。そのおかげで、一九六三年には、もう少し大きな規模の事業を始めることができました。その年は、「天勝号」という船を建造して、仁川(インチョン)市万石(マンソクトン)の埠頭(ふとう)のほとりで進水式を行っています。信徒ら二百人以上が列席した場で漁船を海に送り出しました。


水は私たちに命を与えてくれる特別なものです。私たちは皆、母親のおなかの中から誕生します。母親のお腹の中とはまさに水であり、私たち全員、水から出てきたのです。人間が水から命を得たように、水の中の試練を経てこそ陸地で完全に生き残ることができる、という願いを込めて、私たちは海に船を送り出しました。


私たちが建造した「天勝号」は、とても良い船でした。西海(ファンヘ)(黄海)を素早く縫うように進み、たくさんの魚を捕まえてくれました。しかし、そんな時でも、信徒たちの反応はぱっとしませんでした。陸の上でもやることが多いのに、あえて海にまで出て魚を捕る事業をするのはどうしてかというのです。私はすぐに海洋時代がやって来ると直感していました。海に浮かべた「天勝号」は小さな一歩だとしても、海洋時代を開くことになる貴重な一歩でした。私は、その時すでに、もっと広い海やもっと大型で高速の船を頭の中に思い描いていました。

×

非ログインユーザーとして返信する