ソウル中部警察署(治安局特殊情報課)連行 七・四事件
● 真の御父母様の生涯路程 3
第三節
『 一 ソウル中部警察署(治安局特殊情報課)連行
七・四事件(七・四午後五時、奨忠洞教会)
一九五四年に統一教会という看板を掲げて出発するようになりました。その時、韓国は国家的な反対をしました。全体が反対したのです。第二次新約蕩減時代においても、一九五五年を中心として、先生がまた監獄生活をしたのです。監獄に入るという出来事が起きたのです。三年間は、常に蕩減をしなければなりません。原理がそのようになっています。
それで一九五五年度に事件が起きたのです。七月四日に監獄に入っていったのです。彼らは一つになって「レパレンド・ムーンを捕まえて殺せ」と言ったのです。その時の罪名が何でしょうか。「共産党だ、何だ」と言いながら、この世の悪いことをすべて、私に負わせたのです。過去の歴史の過ちも、すべてレバレンド・ムーンになすりつけたのです。悪い名前であれば、すべて出したのです。
先生が韓国人であるので、韓国を中心として、摂理の起点が出発することにより、韓国におけるキリスト教は、韓国内のキリスト教としてとどまるのではないのです。摂理と全体世界を代表したキリスト教の位置にあるというのです。そのような立場に立った教会と国が反対すれば、全世界が引っ掛かってくるのです。彼らは先生一人をどのように負かすかということが問題でした。そうした複雑な渦中を通過しながら、イエス様が十字架にかかっていったのと同じように、最後に、サタンに引かれていく出来事まで起こりました。七・四事件が、その代表的な例です。 』