②-1お父様の聖進様に関するみ言 70年代
お父様の聖進様に関するみ言
○聖進様についてあまりにも知られていない。
●我が家庭の行く道1971年8月28日 清平修練所
すべてをなめて、食い潰してしまって、お金が一銭もなかったのです。そのような状態で三十八度線を越えて行ったのです。こういうことができるかというのです。その時、聖進が四月二日に生まれたので、一か月半、約五十日ぐらいになっていました。一九四五年五月二十七日に命令を受けて出発して、六月六日に平壌に到着しました。血だらけの者を置いて……。
当時の聖進のお母さんの年齢はいくつかといえば、二十二歳でした。親戚も誰もいませんでした。艱難の中で皆別れてしまいました。そのような人に、行くとか、来るとかという挨拶も無く去って行きました。
●先生御自身の証1970年10月13日水澤里にて
あなたたちは、先生に対して一言その時の心情に触れるものがあったら、先生は涙を禁じ得ない。神様もそうだ。
先生と神様と抱き合って泣いた悲しさは、地上の人々はだれも知らない。その深い神への心情は計り知れない。それを思うと細胞がしびれるようだよ。そういう心情で、孝行の道を進んでいることがあなたたちに分かる? 食口たちが霊界に通じるようになると、先生はかわいそうなかただとすぐ知れる。
友達も、聖進さんのお母さんも知らなかったよ。たった一人でやってきた、しのびしのんでやってきた期間があるんだよ。それを取り出して讃えつつ、先生が世の中で一番かわいそうな青年である。だから「真を尽くせ」、と霊界は言うんだよ。
●七七七双聖酒式後の御言1970年10月18日水澤里中央修練院
先生自体においても、カインのために、自分の子供を犠牲にしなければなりません。だからカインを復帰して、愛さなくては、アベルを愛することはできません。
それは何の話かというと、信仰の子供を愛さなければ、自分の子供を愛することができないということなのです。
先生もここに引っかかったために、聖進様を置いて北へ行ったのです。サタン世界のカインを愛せなかった者は、天の身代わりとしてのアベルを愛することはできません。こういうような基準に引っかかっているから、神様はサタンの世界を愛したという絶対的な基準を立たせない限り、世界的アベルの子女として愛することはできません。
○聖進様を愛せない理由を語られています
●七七七双聖酒式後の御言1970年10月18日水澤里中央修練院
離婚の理由
信仰の子供を愛さずしては、自分の子供を愛せないことはもとより、夫婦も共に愛せません。それゆえに、聖進さんのお母さんと先生は別れたのです。キリスト教の、三人のカインの信仰の子供が生まれてくるのを待ったのですが、それが生まれてこないのです。だから、夫婦共に生活することができなかったのです。こういう原則になっているのです。
統一教会に入って一番難しいこと、一番恐ろしいことは、「伝道するな、伝道するな」と言われることです。それは、「死んでしまえ」と言うのと同じです。
伝道しなければ三人の信仰の子供をつくれません。三人の信仰の子供は十二人の代表でしょう?だから十二人から選ばなければなりません。それがイエス様の恨みを解放する基準なのです。
●七七七双聖酒式後の御言1970年10月18日水澤里中央修
聖進さんのお母さんに対しても、もしも怨讐が神のみ旨で奪い取ろうとする者がいれば、そこに土産物をつけていくらでも渡してあげます。ゲラルの王アビメレクも、アブラハムの妻サラを返す時には褒美までつけて返したでしょう?。自分の奥さんを盗まれても、共にその男の妾のように生活しながらも、共に生きる男がいるというのです。おとなしくて、話もしないで祈るし、嫌々ながらもそういう立場で一緒に生活する男もいるというのです。
●我が家庭の行く道1971年8月28日清平修練所
その後、私が南に戻って来た時、聖進と聖進のお母さんがどのような生活をしていたかということを、みんな知っていました。どこに行けば必ず会うことができるということも知っていましたが、行きませんでした。私が修道の道において、御旨の道で出会った人々を解決しなければなりませんでした。私がこの道を出発したことは、聖進のお母さんに会うためではありません。
カインを復帰して帰って行くために、この世の人々のために、この道を出発したのです。因縁を結んだこの世の人々を最後まで皆探し求めたのですが、その人々が相手にならず、相対的な立場に立たない時に、私は責任を果たした後に私の家を捜し求めて行ってこそ、引っ掛からないのです。
●我が家庭の行く道1971年8月28日 清平修練所
アベルは誰を通じてですか? カインを通じて紹介を受けて、愛さなければなりません。カインが、「あなたが聖進様ですか。先生、聖進様が帰って来ました」と言って抱いて、愛の表示として一つになって迎えなければなりません。
これが原理の法度です。
聖進と聖進のお母さんが私のところに来た時、先生が「この子が聖進か?」と言ってしまいました。それが、聖進のお母さんには一生の間、恨めしいと思っていることなのです。世の中に、熊や虎も自分の子供を保護するのに、この人は一体何者かというのです。死地においてあらゆる苦労をして、初めて父子が出会うのに、「お前が聖進か」と、手も一度も握らないで、ぼんやりと門前で立っていても、「入って来い」という話もしなかったのです。そういう話は食口がしなければならないのです。私は原理的に生きようと、今までも、ありとあらゆる悲惨な境地を経たのです。
●我が家庭のいく道1971年8月28日 清平修練所
家庭的第一次七年路程を越えて、次に子女達が行かなければならない七年路程があるようになるのです。それで皆さんが七年路程を行くのです。わが聖進がこの時に定着することができなければ、大変なことになるのです。感謝すべきことに、日本にいて御旨をなしたということです。これがすべて蕩減復帰なのです。そのような内容を中心として、聖進が、今はかなり定着したというのです。今、日本の幹部達が付いて回っています。それ故に、皆さんの家庭も聖進を中心として見た場合に、皆さんが蘇生級であれば、聖進は長成級にいるのです。カイン、アベル格なのです。このように見ているのです。そのような立場が成立するのです。この二つが一つにならなければなりません。復帰の道は簡単ではありません。
●我が家庭のいく道1971年8月28日 清平修練所
これからは、聖進がよくやって、伝統さえ立てておけば、弟達はそのままついていくようになっているのです。
こういうことをみんな知らなければなりません。型から見たら聖進はアダム復帰型であり、喜進はイエス復帰型なのです。イエスは犠牲になったでしょう?
その次に、孝進の時代は再臨主の時代なのです。このようになると三時代です。縦的な立場から、蘇生・長成・完成です。それ故に聖進が何をなすべきか? そのような使命を果たしえなければなりません。それで日本にいるのです。
○私たちの家庭が蕩減を受けなければいけない理由を語られています
●故郷に帰りましょう 1978年9月22日
カイン圏を復帰できない場合、いくら子供を生んでも愛することができません。だから先生は長男の聖進様が地上に生まれても、カイン圏が復帰できなかったのだから、愛することができませんでした。それで母子ともに放りっぱなしにして、北韓に行って民族的な復帰基盤をつくらなければ、帰ってきて氏族的基盤あるいは家庭的基盤を保護することができませんでした。そういうことから、あのような運命になったのです。厳しい道がありました。先生は聖進様が生まれた時、キスもできませんでした。そうして生まれて二ヵ月以内にわかれてしまいました。手紙一本も書きませんでした。書けば神が保護してくれない、それは無慈悲な道なのです。そうでしょう。出家した者がどうして後をふり返ってよいでしょうか。
ソドム・ゴモラを出る時のロトの妻と同じように、もし出発する者が後をふり返るとすれば、それは奪われるということを知っているので、無慈悲に七年間帰りもしませんでした。その間にいろいろな問題があって、今の統一教会の副作用をきたしているのです。
●未来の摂理のために備えよう 1984年7月19日ベルベディア
皆さんは自分の子女を愛することはできません。先生を愛する時は、認められなければなりません。さらに、先生の息子・娘を愛して、認められることなくして、カインを愛する時、皆さんはカインです。天国を迎えれば、アベルが長子であるため、世のカインを愛した以上に愛さなければなりません。先生自身そうですから、聖進を愛せなかったのです。聖進はなぜそんなに苦労するのか? 私がサタン世界に出て来て、全部アベルの代りになって、カインを探し求める道であったために苦労するのですよ。私が監獄に行くと言いました。行くのです。